2007年新潟県中越沖地震現地調査概要

The field survey photographs Vol.1 in Niigataken Chuetsu-oki Earthquake in 2007, occurred on July 16, 2007.
東京電機大学理工学部建設環境工学科地盤工学研究室
TokyoDenkiUniversity, Geotechnical Engineering Laboratory

1.調査行程
 2007年7月16日に、新潟県上中越沖を震源とするMj=6.8の新潟県中越沖地震が発生しました。この地震では液状化など地盤災害が多く発生したため、当研究室でも現地調査を行いました。調査は2回ほど行い、下記のようなルートで調査を行いました。なお、第2回目の2日目は、5つの学会(地盤工学会、土木学会、建築学会、日本地震工学会、地震学会)による柏崎刈羽発電所合同調査団に安田が参加したものです。

・第1回目7月19日: 柏崎市安田・半田→柏崎市朝日が丘団地→刈羽村→柏崎市長崎・橋場町・松波2丁目→柏崎市東本町→柏崎市鯨波→青海川
・第2回目8月6日: 柏崎市ゆりが丘・長峰→柏崎市池の峰地区→柏崎市山本→柏崎市西本町
・第2回目8月7日: 柏崎刈羽原子力発電所
 以下、地盤災害関係を主として現地調査結果の概要を報告いたします。
〈先頭へ戻る〉
2.液状化発生地区および液状化による被害
 今回の地震では液状化および液状化にともなう流動がいくつかの地区で発生した。これらの地区の液状化発生状況は、次の4つのパターンに分けることができよう。

パターン1:砂丘背後の傾斜地盤で液状化およびそれに伴う流動が発生した地区(刈羽村稲葉、柏崎市山本)
 刈羽村稲葉では砂丘背後末端の緩やかな傾斜地盤で液状化および液状化に伴う流動が発生し、家屋に被害を与えた。写真2.1のお宅では今回の地震で液状化により約30cm家屋が沈下し、そのために床が盛り上がった。家の背後は砂丘の斜面があり写真2.2に示すように地下水位は浅い状態にあった。このお宅では1964年新潟地震で液状化し、その後に建てた現在の家も3年前の新潟県中越地震の際に液状化して24〜45cm程度沈下したとのことである。写真2.3は近くのお宅で、ここでは緩やかな傾斜地盤の流動が発生し、地盤が水平移動しその上の家屋も傾斜した。このほか、稲葉では背後の斜面が崩れて写真2.4のように家を押しているお宅もあった。
 柏崎市山本も同様の地形条件にあり、似たような被害が発生していた。写真2.5に被害を受けた家の例を示す。また、山本からクリーンセンターに続く道路では写真2.6に示すように土取り場の斜面が道路を巻き込んで鯖石川に向かってすべっていた。



写真2.1 液状化により30cm沈下した家屋
(刈羽村稲葉)

写真2.2 庭で生じている湧水
(刈羽村稲葉)

写真2.3 液状化に伴う流動により傾斜した家屋
(刈羽村稲葉)

写真2.4 背後の斜面の崩壊により押されている家屋
(刈羽村稲葉)

写真2.5 液状化に伴う流動により被災した家屋
(柏崎市山本)

写真2.6 土取り場から崩壊した道路
(柏崎市山本)
パターン2:旧河道や河川敷で液状化が発生した地区(柏崎市橋場町、柏崎市松波2丁目)
 柏崎市橋場町では液状化が発生し、そのために写真2.7、2.8のように沈下、傾斜が生じた。この地区では3年前の新潟県中越地震の際にも液状化が発生し、西側の地区で家屋が被害を受けたが、その地区は今回は被害が軽微のようであった。
 柏崎市松波2丁目は鯖石川の右岸側にある。ここでは広い範囲で液状化が発生し、大量の砂が噴き出し多くの家屋が被害を受けた。写真2.9は大量に噴き出した砂である。目撃者の話だと2mも噴き上げたとのことである。この地区の北側には少し高い位置に道路があり、そこから少し地盤が傾斜している。ここに建っていた家屋は写真2.10のように液状化による沈下だけでなく、地盤の局部的な流動により家屋が引き裂かれるようになっていた。
 なお、松波地区のすぐ北側の中州に鯖石川改修記念公園があるが、そこでは写真2.11に示すような地割れが発生していた。したがって液状化にともなう流動が鯖石川に向かって生じたのではないかと思われる。ただし、川の護岸は壊れた様子は見あたらず、どこまでの範囲が流動したのかよく分からなかった。



写真2.7 液状化により不同沈下した家屋
(柏崎市橋場町)

写真2.8 液状化により不同沈下した家屋
(柏崎市橋場町)

写真2.9 液状化により大量に噴出した砂
(柏崎市松波2丁目)

写真2.10 地盤が緩やかに傾斜していたため
液状化により甚大な被害を受けた家屋
(柏崎市松波2丁目)

写真2.11 鯖石川改修記念公園で発生した地割れ
(柏崎市鯖石川改修記念公園)
パターン3:軟弱地盤上に盛土した箇所が液状化した地区(半田付近)
 柏崎市の南部に位置する半田付近は表層に軟弱粘土層が堆積している。そこに盛土をして住宅地が造成されている所が3年前の新潟県中越地震により液状化し、家屋が沈下などの被害を受けた。それに対し今回の被害は少なかったようである。写真2.12はこの地区にある佐藤池運動広場の野球場を示している。3年前は激しく液状化しグランドが沈下したが、今回の地震では写真に示されるように、少し液状化し10cm程度の沈下が発生していた。



写真2.12 佐藤池運動公園野球場で発生した地盤の沈下と液状化
(柏崎市佐藤池新田)
パターン4:過剰間隙水圧によると考えられる傾斜地盤のすべり(西本町)
 柏崎市内で家屋の被害が多く発生した地区は西本町や東本町、新花町などがあるようであるが、そのうち、西本町では砂丘斜面がすべって被害を甚大にしたと考えられる箇所が多く見られた。写真2.13に本町通りでみられた地割れを示す。この通りは砂丘の頂上より多少内陸側の斜面に、砂丘に平行に東西方向に走っているメインストリートである。その道路の下流側の縁に沿って約500mに渡ってこのような地割れが生じていた。杭基礎のホテルでは写真2.14に示すように杭が見え、地盤がすべったことを物語っていた。道路下の斜面には写真2.15に示すような突き上げた痕跡もあり、このことも地盤が滑ったことを示唆していた。この幅は道路から下に200〜300m程度であった。そして、この範囲にあった家屋は写真2.16に示すように甚大な被害を生じていた。この地区の近くの砂丘上にあるK-net地点のボーリング柱状図によれば地下水はGL-5m付近で、その下もN値がかなり大きな砂層であり、液状化したとしてもこの砂層の一部が液状化した程度であると推定される。これに対して、被害があった砂丘斜面の中腹あたりから末端にかけては地下水位はそれより浅いのではないかと思われる。したがって、被害があった地区では地下水位以下の砂層で過剰間隙水圧が発生し、それに起因してすべりが生じたことが考えられる。



写真2.13 西本町のメインストリートで生じた地割れ
(柏崎市西本町1丁目)

写真2.14 地盤がすべって沈下したために
抜け上がったと思われる杭基礎
(柏崎市西本町1丁目)

写真2.15 地盤がすべったことを物語る
路面の突き上げ
(柏崎市西本町1丁目)

写真2.16 全壊した家屋
(柏崎市西本町1丁目)
〈先頭へ戻る〉
3.造成宅地の被害
 台地の造成宅地では盛土のすべりや擁壁の前傾に起因すると思われる家屋および道路の被害が数地区で見られた。朝日が丘団地、ゆりが丘ニュータウン、長峰団地は柏崎市の南部の台地に造成された団地であるが、ここでは写真3.1〜3.3のように谷間に盛土されたと思われる箇所で小規模なすべりが発生し家屋や道路が被災していた。
 これらの団地の少し北東に位置する池の峰団地では、写真3.4に示すように高いコンクリート擁壁が少し前にはらみだし、その上の家屋が写真3.5のように被災していた。




写真3.1 造成盛土のすべり
(柏崎市朝日が丘団地)

写真3.2 造成盛土のすべりによって
移動したと思える家屋
(柏崎市朝日が丘団地)

写真3.3 造成盛土のすべりによって被災した家屋
(柏崎市長峰団地)

写真3.4 少し変状したと思える擁壁
(柏崎市池の峰団地)

写真3.5 擁壁上で被災した家屋
(柏崎市池の峰団地)
〈先頭へ戻る〉
4.土構造物の被害
 土構造物の被害として柏崎市長崎の越後線の盛土で発生した被害を写真4.1〜4.3に示す。ここでは線路が一部の区間だけ蛇行していたが、その区間の盛土がガサガサの状態になっていた。その北側では盛土は変形していなく線路も蛇行していなかった。また、この被災した区間ではのり尻から水がしみ出していて、盛土内で過剰間隙水圧も発生したのではないかと思われた。
 北陸自動車動は柏崎ICから西山ICの間で写真4.4に示すようにカルバート部で段差が生じていた。ただし、3年前の新潟県中越地震の際に小千谷インター付近で生じた段差より小さいようであった。




写真4.1 蛇行した越後線の線路
(柏崎市長崎)

写真4.2 蛇行区間で見られた盛土被害
(柏崎市長崎)

写真4.3 復旧時の状況
〈この区間だけやはりのり尻から水がしみ出していた〉
(柏崎市長崎)

写真4.4 北陸自動車道で発生した段差
(柏崎IC〜西山IC間)
〈先頭へ戻る〉
5.ライフラインの被害
 3年前の新潟県中越沖地震では下水のマンホールが全体で1400箇所余り突出し、刈羽村や柏崎市でも多くのマンホールが浮きあがった。これに対し、今回の地震で筆者達が見たのは写真5.1に示す柏崎市茨目2丁目の被害程度である。柏崎市長崎ではこれより大きく浮き上がったものがあるとの事であるが、下水のマンホールの浮上りは一般に余り目立たなかった。これは3年前の新潟県中越地震後の復旧時にとられた対策が功を奏した結果であろう。下水マンホールや管路の浮上りの原因は埋戻し土の液状化にあると分かってきたため、復旧にあたって、刈羽村では石灰、柏崎市ではセメントを埋戻し土に混ぜて埋め戻された。3年前の地震では刈羽村では十日市の軟弱粘土部が最も浮上りが激しく、最大1mを超えるマンホールの浮上りが生じた。そこで、今回もこの箇所に行って撮った写真が写真5.2である。管路上で多少路面の陥没が見られたもののマンホールの浮上りは生じていなかった。なお、前述した茨目や長崎で浮きあがった地区は3年前の地震では被災せず埋戻し土の改良は行われていなかったようであるが、詳細はこれから検討する必要があろう。いずれにせよ、3年前の地震後の復旧時に対策がとられたことが良かったと言えよう。
 写真5.3には松波2丁目で見られた電柱の沈下を示す。ここは液状化した地区内であり、液状化によって沈下したものであろう。また、写真5.4は西本町でガスの復旧を行っておれられる状況である。これらの電力、ガス、さらに水道施設は液状化に起因して被害が発生したものが多いようである。




写真5.1 少し浮き上がったマンホール
(柏崎市茨目2丁目)

写真5.2 3年前は大きく浮き上がったが
今回は浮き上がらなかったマンホール
(刈羽村十日市)

写真5.3 液状化により沈下した電柱
(柏崎市松波2丁目)

写真5.4 ガス導管の復旧状況
(柏崎市西本町2丁目)
〈先頭へ戻る〉
6.斜面の被害
 青海川では海岸段丘の斜面が崩れ、青海川駅に覆い被さった。筆者達がここに着いたのは残念ながら夕闇せまる時間であり、写真6.1に示した写真しか撮影できなかった。ただし、そこでは照明を点け夜間も懸命に復旧していらっしゃるJRの関係者の姿が見られた。
鯨波は少し柏崎によった所に位置する。この鯨波海水浴場の背後の海岸段丘の斜面には、ノンフレーム工法で対策がとってあった。3年前の新潟県中越地震の少し前に対策がとられ、その時の地震でも写真6.2に示すように被害が生じなかった。今回の地震動の方が大きかったと思えるがそれでも写真6.3に示すように被害はなかった。
 砂丘斜面でも写真6.4に示すような崩壊がいくつかの箇所で発生したようである。




写真6.1 青海川駅の復旧状況

写真6.2 鯨波の斜面における対策工
〈3年前の地震の後に撮影〉
(柏崎市鯨波)

写真6.3 鯨波で対策した斜面の無被害状況
(柏崎市鯨波)

写真6.4 砂丘斜面の崩壊状況
(柏崎市西山町)
〈先頭へ戻る〉
7.その他
 その他、震動に起因して被災したと思われる家屋はあっちこっちで見受けられた。柏崎市西・東本町では報道されているように写真7.1、7.2のように被災していたが、さらに、写真7.3に示すように全壊の家屋が各地で多く見られた。



写真7.1 家屋の崩壊状況
(柏崎市東本町)

写真7.2 家屋の崩壊状況
(柏崎市東本町)

写真7.3 家屋の崩壊状況
(刈羽村十日市)
〈先頭へ戻る〉
Copyright (c) 2007 Geotechnical Engineering Laboratory, Tokyo Denki University. All Rights Reserved.